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旭川地方裁判所 平成6年(ワ)116号 判決

原告 小倉正彦

右訴訟代理人弁護士 古田渉

被告 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士 小黒芳朗

同 米田和正

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、三八八五万六四〇八円及び内三八一二万一六三〇円に対する平成六年四月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告は、有限会社モリファッションズ(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であり、同社は洋品店マザーネットエスタ店(以下「エスタ店」という。)及び旭川市永山七条四丁目一〇〇番地一一六所在のファッションの森永山店(以下「永山店」という。)を経営して、主に婦人衣料、繊維製品の販売をしている。

被告は、損害保険等の保険事業をしている会社である。

2  (保険契約)

原告は、被告との間で、訴外会社の商品等及び店舗休業に対して、左記(一)、(二)のとおりの保険契約(以下「本件(一)、(二)の契約」という。)を締結し、原告は、被告に対して各契約日に保険料を支払った。

(一) 保険名称 店舗総合保険

契約日 平成五年九月一七日

保険の目的 〈1〉商品・原材料・製品等

〈2〉什器・設備・機械等

保険の目的の所在地 永山店

保険金額 四五〇〇万円

ただし、保険の目的〈1〉について三二〇〇万円

〈2〉について一三〇〇万円

保険料 一三万三六九〇円(年払い)

保険期間 平成五年九月一七日から平成六年九月一七日午後四時まで

証券番号 五一六〇六七七二九三-〇

(二) 保険名称 店舗休業保険

契約日 平成五年九月二〇日

保険の目的の所在地 永山店

保険金額 一日当たり七万円

保険料 二万四八五〇円(年払い)

保険期間 平成五年九月二〇日から平成六年九月二〇日午後四時まで

約定復旧期間 三か月

証券番号 五一六〇六七七二九五-〇

3  (本件火災)

平成五年一二月一日午後九時一五分ころ、永山店店舗が火災になり(以下「本件火災」という。)、同店舗内の商品、什器類等が焼、水、汚損された。

4  (損害の発生)

(一) 本件火災による焼、水、汚損により、当時永山店店舗内にあった別紙商品損害見積明細書記載の婦人物セーター等の商品四八四六点(仕入価格合計二四五四万九六九〇円)及び別紙什器備品関係損害明細書記載の陳列什器一式等の什器備品(時価合計一〇三三万九〇〇〇円)が使用不能若しくは通常の商品として価値のないものとなり、三四八八万八六九〇円相当の損害が生じた。

その後、本件火災の残品処分の過程で右商品の一部をワゴンセールにおいて五万七〇六〇円で売却したので、損害額は、これを差し引いた三四八三万一六三〇円である。

(二) 本件火災により、永山店は、平成五年一二月二日から同月二二日までの二一日間及び平成六年一月二日から同月二七日までの二六日間の合計四七日間を店舗の復旧工事及び商品の仕入れのための資金繰り、開店準備のために休業した。

5  よって、原告は被告に対し、

(一) 本件(一)の契約に基づく保険金三四八三万一六三〇円及び内二四四九万二六三〇円に対する消費税七三万四七七八円の合計三五五六万六四〇八円

(二) 本件(二)の契約に基づく保険金三二九万円

(三) 右(一)、(二)の合計三八八五万六四〇八円のうち三八一二万一六三〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年四月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)、同2(保険契約)及び同3(本件火災)の各事実は認める。

2  同4(損害)の事実のうち、本件火災により永山店店舗内の商品及び什器備品が焼、水、汚損したことは認め、損害品の数量及び損害額は争い、その余は知らない。

原告主張の商品の多くは、本件火災当時永山店店舗内に存在しておらず、実際に本件火災によって生じた損害は、商品が八八一万六二七〇円(二六四二点)、営業用什器備品が三四七万円にすぎない。

三  抗弁

1  故意による免責

(一) (約款の規定)

本件(一)の契約には店舗総合保険普通保険約款(以下「本件(一)の約款」という。)が、本件(二)の契約には店舗休業保険普通約款(以下「本件(二)の約款」という。)が適用されるが、本件(一)及び(二)の約款の第二条一項(1) 号には、保険契約者の故意によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨の規定がある。

(二) (放火)

本件火災は、原告又は原告の関与のもとでその関係者が、何らかの積極的な放火行為によって発生させたものである。

2  不実申告による免責

(一) (約款の規定)

本件(一)の契約には本件(一)の約款が適用されるが、同約款の第二六条四項には、保険契約者が正当な理由がないのに提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは保険金を支払わない旨の規定がある。

(二) (実損害)

保険火災により生じた損害は、商品については二六四二点で八八一万六二七〇円、営業用什器備品については三四七万円である。

(三) (原告の申告)

原告は、被告に対し、平成五年一二月八日に損害見積明細書、現在高並に損害見積額明細書を、平成六年一月二七日に商品配置図を提出して、本件火災による商品の損害につき五三七二点で金額にして合計二〇九〇万二八〇〇円と申告した。

(四) (意図的な過大申告)

原告の商品についての損害の申告は、品数、金額ともに実際の二倍以上という過大なものであり、単なる誤差の範囲を超え、本件火災を原因として多額の保険金を取得しようと意図的に不実申告をしたものである。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(故意による免責)の(一)(約款の規定)の事実のうち、本件(一)及び(二)の約款に被告主張の規定があることは認める。

(二)  同1の(二)(放火)の事実は否認する。

2(一)  同2(不実申告による免責)の(一)(約款の規定)の事実のうち、本件(一)の約款に被告主張の規定があることは認める。

(二)  同2の(二)(実損害)の事実は否認する。

(三)  同2の(三)(原告の申告)の事実は認める。

(四)  同2の(四)(意図的な過大申告)は争う。

原告は、平成五年一二月八日付けの損害見積明細書を被告に提出し、被告の調査の結果と食い違いがある場合は指摘があるものと考えて被告の結論を待っていた。しかし、二か月を過ぎても被告からの連絡はなく、その間、原告は被告に対し、再三どうなっているか問い合わせをしていたが、その都度被告は原告に対し、調査中との回答しかしなかった。その後、平成六年二月一二日ころに至って、被告は、原告に対し、口頭で、火災原因について原告に重大な過失があること、さらに原告が申告した損害商品の数量が鑑定調査結果の数量より二〇〇〇点以上も多く、過大な申告がされているとの理由で保険金の支払ができない旨告知した。そこで、原告は、右告知を受けた後、直ちに被告から原告提出の損害商品見積明細書のコピーをもらい、再度伝票等と照らし合わせる等して点検したところ、一部伝票の拾い違いや誤記(訴外会社の本店から永山店への移動伝票の中で、金額が一五万円であるべきなのに一五〇万円と誤記されていたために、点数を五〇点と計算すべきものを五〇〇点と計算してしまい、四五〇点の誤差が生じた。)があり、約五二〇点多い申告であることが判明したので、同年三月一〇日付けで、商品の損害を四八四六点、損害額合計二五二八万六一八〇円とする訂正の申告をした。

火災保険契約の火災後の申告については、必ずしも正確を期しえない場合が予想されるため、契約者の損害申告と保険会社の調査に不一致がある場合、保険会社は、契約者に不一致の点を指摘し、正確を期する努力をするのが慣習である。また、本件(一)の約款第三一条によれば、被告は、保険契約者が損害の申告をした日から三〇日以内に保険金を支払うと定めていることから考えても、申告後約二か月間申告と調査の食い違いを是正する努力をすることなく、いきなり過大申告による免責を主張することは商慣習上の信義に著しく反するものである。

このような経緯に照らすならば、不実申告か否かは、原告が被告から当初の申告書の不正確を指摘された後にした平成六年三月一〇日付けの訂正申告について検討すべきであり、原告の申告は、免責事由になるような不実申告には当たらない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)、同2(保険契約)、同3(本件火災)の各事実及び同4(損害)の事実中、本件火災により永山店店舗内の商品及び什器備品が焼、水、汚損したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず、抗弁1(故意による免責)につき判断する。

1  証拠(甲一、甲二、乙二、乙三)によれば、本件(一)の契約に本件(一)の約款が、また、本件(二)の契約に本件(二)の約款が、それぞれ適用されることは明らかであり、本件(一)及び(二)の約款の各第二条一項(1) 号には、保険契約者の故意によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨の規定があることは、当事者間に争いがない。

2  以下、本件火災が、保険契約者である原告の故意(放火)によって発生したものか否かについて検討する。

(一)  本件火災の状況及び出火原因等

証拠(甲三、乙七、乙一〇、証人池田将幸、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  永山店店舗は、晴杉盛一(以下「晴杉」という。)が所有する木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建の店舗であり、床面積一〇三・八六平方メートルで、別紙平面図のとおり店舗部分と事務室とに区画されている。

(2)  本件火災は、平成五年一二月一日、原告が店舗の鍵を閉め、冨塚清(以下「冨塚」という。)とともに永山店を出た午後八時ころから約一時間一五分ほど経過した同日午後九時一五分ころに出火したものと推定されるが、消防署が本件火災を一一九番通報(煙を発見した通行人の知らせで近所の人が通報)によって覚知したのは同日午後九時二三分、消火のための放水開始時刻は同日午後九時三〇分であり、その後約三五分で火勢は鎮圧され、鎮火時刻は同日午後一〇時一六分であった。

(3)  本件火災による焼損面積は七平方メートルで、事務室として区画された部分よりやや狭い範囲であった。

出火点は事務室の出入口付近に置いてあった縦横約三〇センチメートル(底部は縦横二一センチメートル)、高さ約四五センチメートルのポリ製のごみ箱(以下「本件ごみ箱」という。)で本件ごみ箱の中空から出火したものと考えられる。

発火源について、原告は、本件火災当夜永山店店舗から出る際、灰皿にあった煙草の吸殻三、四本を本件ごみ箱に捨てた旨述べる。しかし、煙草の吸殻のような小火源から炎が生じるには、煙草の火を成長させる着火物と、それを炎に成長させる物が必要であるが、原告の説明によれば本件ごみ箱には包装紙等の紙屑がいっぱい入っていた(乙五)とはいうものの、煙草の吸殻から紙には着火しにくい上、煙草の吸殻が捨てられたという午後八時ころから推定出火時刻である午後九時一五分ころまでの時間火を保つことは不可能であること、仮に一時間以上もごみ箱の中で内容物が燃え、炎に成長させたのであれば、本件ごみ箱の底も溶けてしまうはずなのに、本件ごみ箱の底は溶けずに残っていたこと等からすると、原告が捨てたという煙草の吸殻は火源とは認められない。結局、本件火災後の消防署の原因調査によっても火源と認められるものは確認できず、本件火災の発火源は不明である。

(4)  出火点である本件ごみ箱の底部が燃えずに残っていたことは前記のとおりであり、その残焼物の状況(乙七添付の写真No.16)からすると、出火当時本件ごみ箱は、永山店店舗東南隅にある灯油の九〇リットルタンクから店舗部分にある石油ストーブに給油するためのゴム管(以下「本件ゴム管」という。)の上に置かれていたことが明らかである。本件ゴム管は、普段は、別紙出火箇所詳細図に青破線で記載されているように、事務室の半開きのドアの外で一回輪の状態になってドアの下をくぐりストーブの方に向ってほぼ直線状になっていて、本件火災当日永山店の従業員が閉店して帰る際も同様の状態になっていた。しかし、その後、本件ゴム管は、本件火災発生時には、別紙出火箇所詳細図に赤線で記載されているように、事務室の半開きのドアの下をくぐり事務室の入口付近に引きのばされて本件ごみ箱の下に配置されていた。その上、本件ごみ箱横の事務室の壁を隔てたところには半分以上灯油の入ったポリタンクがキャップをはずした状態で置かれてあったほか、事務室内の本件ごみ箱のすぐ脇には燃えやすい段ボール箱が並べられており、本件ごみ箱の上方の壁には可燃性の衣料品が吊り下げられ、また、事務室ドアの反対側には移動式ストーブが置かれ、そのすぐ側のソファーには段ボール箱が載せられているなど、出火点である本件ゴミ箱付近は、極めて延焼しやすい状況になっていた。

右のような本件ゴム管の配置状況は、ドアの開閉によって生じたようなものではなく、人為的に作出されたものであって、本件ごみ箱が燃えることによってその下に置かれた本件ゴム管も燃えて灯油が漏れ、それに引火した火が周囲に燃え広がることを意図したものの、たまたま本件ゴミ箱の底が溶けてしまわなかったので、その下のゴム管が燃えて灯油が漏れるという事態は生じなかったものである。

(5)  消防の一着隊が現場に到着した当時、永山店店舗の入口については既に大家の晴杉がその所持する鍵を使って開けていたが、それ以外の開口部については全て閉っていて外部からの侵入の形跡は全くなかった。したがって、永山店店舗の内部は、出火当時密室状態になっており、同店舖の鍵がない限り同店舗内部に入ることは不可能であったが、永山店店舗の鍵は、原告のほか、大家の晴杉と永山店の二名の従業員が所持していた。

(6)  (考察)

右で認定した出火当時の永山店店舗の状況や本件ゴム管の作為的な配置状況等に照らすと、本件火災の出火原因は、永山店店舗の鍵を所持する者の関与のもとに行われた放火といわざるをえず、消防署の原因調査の結果によっても、本件火災の原因は、「店内の様子と焼き残存の状況から関係者の放火と判定する。」とされている。

(二)  本件火災当日の行動に関する原告の説明等

(1)  本件火災当日の行動についての原告の説明は、次のとおりである(甲二四、甲三〇、乙四、乙五、乙六、原告本人)。

原告は、取引先である丸富士繊維有限会社(以下「丸富士繊維」という。)の社長である冨塚の紹介で、同人の親しい友人である晴杉から建物を賃借し、平成五年五月永山店を開店したものであるが、本件火災のあった同年一二月一日は、その四、五日前から、少し早い忘年会の趣旨で、原告と冨塚、晴杉の三人で飲みに行く約束をしていた。原告は、同日午後六時ころ、エスタ店から電話で永山店の従業員に対し、午後六時半ころに永山店に立ち寄ることになっている冨塚に、原告が永山店に行くのがエスタ店を閉めてからになるので午後七時三〇分を過ぎる旨伝えるよう指示し、その際従業員には、通常通り午後六時半には閉店して帰ってもよい旨連絡した。原告は、午後七時二五分ころエスタ店を閉めて永山店に向かい、午後七時四〇分ころ永山店に到着した。永山店の従業員二名のうち一名は代休で、もう一名の従業員も原告が永山店に到着したときには既に帰っていて、冨塚一人が店舗内で原告の来るのを待っていた。原告は、店舗部分の石油ストーブの前で、冨塚と仕事の話や雑談を交わし、その際、冨塚から、晴杉が用事があって飲みに行けないことを聞かされた。また、原告は、話の最中に煙草を一本吸い、火を消してからその吸殻を灰皿に入れた。原告は、冨塚と話ながら帰り支度をし、午後八時ころ鍵を閉めて冨塚と永山店を出たが、出る直前に、原告は、灰皿にあった三、四本の煙草の吸殻を本件ごみ箱に捨てた。本件ごみ箱には包装紙等の紙屑がいっぱいに入っていたが、原告は、吸殻を捨てる際、吸殻の火が完全に消えていたかどうかを十分に確認していない。原告と冨塚は永山店を一緒に出たものの、冨塚は自宅によってから午後九時ころにA1クラブに行くというので、いったん二人は別れ、原告はその足でA1クラブに飲みに行き、午後八時三〇分前にA1クラブに着いた。冨塚は、午後九時ころA1クラブに着き、原告と冨塚の二人が飲んでいると、午後九時三〇分より少し前ころに晴杉から電話があり、永山店が火事であることを知らされたため、原告はすぐタクシーに乗って永山店に向かったが、永山店に到着したのは午後一〇時近くであった。

(2)  一方、冨塚は、本件火災当日の行動につき、おおむね原告の説明にそう供述をしているが、原告と永山店を出てからの行動については、通り道なので晴杉を誘って行こうと晴杉の事務所に寄ったところ、その時点で、晴杉から今日は都合が悪いので飲みに行けないと言われたと述べて、重要な点で原告と食い違う供述をしている。

そもそも、一緒に飲みに行くために永山店で落ち合っておきながら(A1クラブは、エスタ店や冨塚の会社の方が近い。)、永山店を出てから別行動を取ること自体不自然であるし、都合が悪くて飲みに行けないと言っていた晴杉は、飲みに行くのを断わってから約一時間後の本件火災発生時には、真っ先に永山店店舗に駆け付けて入口の鍵を開けたというのであって(池田証人、原告本人)、本件火災について利害関係を持つ三人が本件火災当日にこのような不自然な行動をとっていることは、奇異であるといわざるをえない。

(3)  また、原告は、前記のとおり、本件ごみ箱に煙草の吸殻を捨てたとして、本件火災が煙草の不始末による失火であることを印象づけるような説明をしていた(乙四、乙五)が、煙草の吸殻が本件火災の火源とはなりえないこと、本件火災は原告が煙草の吸殻を捨てたという本件ごみ箱を出火点とする放火であることに鑑みると、原告の右のような言動は、原告の本件火災への関与を疑わしめるものといわざるをえない。

(三)  本件火災による損害と原告の不実申告

証拠(甲二五、甲二六の1、2、乙一、乙八、乙九の1、2、乙一一の1~4、乙一二の1~3、乙一三、乙一四、証人東幸継)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  原告は、被告に対し、平成五年一二月八日付けで「損害見積明細書」(乙一一の1~14)、「現在高並に損害見積額明細書」(乙一二の1~3)を、平成六年一月二七日付けで「商品配置図」(乙一三、乙一四)を提出して、本件火災による商品の損害につき五三七二点、金額にして合計二〇九〇万二八〇〇円と申告した(争いのない事実)。

(2)  一方、被告は、有限会社札幌鑑定(以下「札幌鑑定」という。)に本件火災による損害の調査を依頼し、その依頼を受けて札幌鑑定所属の鑑定人ら四人が、平成五年一二月三日午前一一時ころから午後三時三〇分ころまで、火災現場である永山店で損害品の点数及び損害額の調査を行なった。商品の損害の調査は、二人一組になり、店内のハンガー、棚等に番号を付してその番号順に、一人が商品の値札を一点ずつ読み上げ、もう一人が用紙に書き込むという要領で行なわれた。右調査の結果、本件火災発生当時永山店店舗内に存在したと確認できた商品は、全部で二六四二点であり、原告の申告との差は二七三〇点であった。

原告の申告との差がもっとも大きいのは、出火点である本件ごみ箱が置かれていた事務室に存在したとされる商品についてであり、調査によって確認できた数量が一〇〇九点であるのに対し、原告の申告は二三七五点であった。

(3)  本件火災による焼損箇所は、出火元である本件ごみ箱と付近の間仕切り、事務用品及び屋根の野地板の一部にすぎず、商品の大半は、ハンガーに掛けてあったり棚に置いてあったりして原形をよくとどめていて、焼けてしまって痕跡もよくわからないというものは皆無であり、商品の損害の主たる部分は、煙や水による汚損であったので、調査は非常に容易であった。

また、事務室の部分がもっとも焼損が激しかったが、その部分の商品についても焼失して痕跡もなくなっているものはほとんどなく、仮に調査結果に誤差があるとしたらこの部分に少しある程度で、その差も二パーセント程度にすぎず、それ以外の店舗部分の調査結果については、誤差があってもせいぜい数点とか一〇点といった範囲である。

しかも、永山店店舗内のハンガーにしても棚にしても、調査によって確認された点数の商品でほぼ満杯の状態であり、棚の面積やハンガーの本数、長さから考えて、原告が申告したような点数の商品を収容することは不可能であった。

(4)  被告は、原告に対し、平成六年二月一二日ころ口頭で、更に、同月一五日には書面(甲二四、乙一)で、火災原因について原告に重大な過失があること、原告申告の損害商品の数量が鑑定調査結果の数量より二〇〇〇点以上も多いことから、原告が申告した商品のうち相当数が本件火災発生当時永山店店舗内に存在しなかったことを理由に、保険金の支払ができない旨告知した。

(5)  その後、原告は、当初被告に提出した「損害商品見積明細書」の記載内容を再度伝票等と照らし合せて点検した結果、一部伝票の拾い違いや誤記があり五二六点多く申告していたことが判明したとして、同年三月一〇日付けで、商品の損害を四八四六点(損害額合計二五二八万六一八〇円)とする訂正の申告(甲四)をした。

原告は、右訂正分のうち四五〇点の誤差について、平成五年五月二一日訴外会社の本店から永山店に商品を移動した際、移動伝票(甲一九の1)の金額欄に一五万円と記載すべきところを一五〇万円と誤記したため、数量を五〇点とすべきを五〇〇点と計算してしまったことによって生じた旨述べる。

しかし、店間移動の商品の金額が一五万円のものを一五〇万円と記載間違えしたこと自体不自然であり、店間移動帳(甲一三)には平成五年五月二一日の本店からの移動在庫商品の金額が一五四万五〇〇〇円と記載されていること、移動伝票(甲一九の1)の記載からは単価も数量も知ることができず、訂正自体が正しいことを証する手掛かりがないことをも考慮すると、原告が被告から指摘された過大申告の事実を糊塗するために、右のような訂正申告をしたとの可能性を否定しきれない。

(6)  また、原告は、丸富士繊維の商品については現物を数えず、伝票に基づいて申告をしたこと、原告の商品についての申告のうち二九四九点が丸富士繊維の商品であるが、原告自身、実際に納入されたのはその半分くらいと考えていること、丸富士繊維の商品については値札が付いてくるので、納入の際の検品をしないことから、伝票どおりの数量が納入されていないことに気がつかなかったこと等を述べる。

しかし、伝票どおり納入されているかを確認せずに取引をすること自体、極めて不自然である上、原告が述べるように伝票の数量の半分しか納入されない状態であれば、原告がこれに気がつかないとは考えられない。原告は、被告に対しては、丸富士繊維にはめられた旨の手紙を出していながら、丸富士繊維に対しては、異議を述べることすらしていない。

(7)  (考察)

そうすると、原告の商品についての損害の申告は、当初の申告はもとより訂正後の申告についても、実際の損害より二〇〇〇点以上も多くなされているのであって、このような大きな違いが生じた理由は、原告が、多額の保険金を取得しようとして、意図的に過大な不実申告をしたためであるという以外の原因は考え難い。そして、このような過大申告が、本件火災当日原告と行動をともにしていた冨塚の経営する会社の商品に関してなされていることをも考慮すると、原告が本件火災に関与していることが極めて強く推認されるといわざるをえない。

(四)  その他の事情

(1)  永山店の開店日(平成五年五月二三日)から本件火災発生時までの粗利益率は、三・九七パーセントで、国民公庫指標や同業他社の粗利益率が三四パーセント程度であるのに比較して、異常に低く(乙八)、その上、仕入先に対する支払はほとんどが手形であるが(甲九~甲一一)、資金繰りが逼迫し、支払手形決済資金捻出のため、やむなく原価割れの廉価販売を恒常的に行なうなど(乙八)、永山店の経営は、かなり苦しい状況であった。

(2)  原告は、永山店の出店に当たり、晴杉が原告に貸すために建物を新築するのに、その構造や外観について特段の注文も付けず、出来上がった建物が、「店をやるのを止めようと思った」ほど原告のイメージにあわない店舗であったのに、「建ててもらって止めるということもできないので」「先ずオープンしようということで」永山店を開店したと述べる(原告本人)。しかし、原告の永山店の出店動機は、経営者として極めて不自然であるといわざるをえない。

(3)  冨塚は、丸富士繊維株式会社の代表取締役でもあるが、同社は、昭和六〇年三月ころ、店舗の火災により保険金を受領した経歴があり(冨塚証人)、また、晴杉も、平成四年一〇月、その所有する麻雀荘の建物が火災になり、保険金を受領した経歴を有している(原告本人)。

(五)  まとめ

右(一)ないし(四)で検討した諸事情を総合考慮すると、本件火災は、具体的な経緯は不明ではあるが、原告の関与のもとに、その意向に基づく放火によって発生したものと推認するのが相当であり、右推認を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告は原告に対し、本件火災によって生じた損害について保険金を支払う義務はないといわざるをえない。

三  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土居葉子 裁判官 増田稔 裁判官 寺西和史)

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